大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和59年(行ケ)2号 判決 1984年11月29日

原告

村田貞史

右訴訟代理人

山本次郎

畑良武

被告

大阪府選挙管理委員会

右代表者委員長

中司実

右指定代理人

布村重成

外八名

主文

原告の請求を棄却する。ただし、昭和五八年一二月一八日に行われた衆議院議員選挙の大阪府第四区における選挙は、違法である。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一被告の本案前の主張について

1原告が本件選挙の大阪府第四区における選挙人であることは、当事者間に争いがなく、かつ記録によれば原告は本件選挙の日から公選法の定める出訴期間内に本訴を提起したことが明らかである。

2被告は、(一)本件訴えは、公選法二〇四条に基く選挙無効訴訟であるところ、同条に基く訴訟は、選挙の管理執行機関の公職選挙法規に適合しない行為を是正し、選挙の執行の公正の維持を目的とする民衆訴訟であつて、個人の具体的権利義務に関する法律上の争訟として本来の司法権の範囲に属するものではなく、法律により特に裁判所の権限として付与されたものであるから、法律の定める範囲を超える訴訟を提起することは許されない、然るに本件訴えは、選挙管理委員会が法規に適合しない行為をした場合にその是正のため当該選挙の効力を失わせ、改めて再選挙を行うことを義務づけるところの選挙の効力に関する訴訟の規定に基づいて、当該選挙管理委員会において、当該選挙を是正し適法な再選挙を実施する余地のない議員定数配分規定自体の違憲を主張して当該選挙の効力を争うものであるから、公選法の予想しない、同法所定範囲を逸脱した違法な訴訟という外はない、(二)議員定数配分規定の問題は、元来高度の政治的、技術的要素を含むものであるから、司法は、立法府の解決を期待かつ尊重し、強く自己抑制すべき分野であり、わが国における伝統的な司法制度及び現在の裁判所の権限からみて、法律は、裁判所がこの問題に立入ることを回避すべきであるとして本件訴えのような訴訟のための実定法規が制定されていないのであるから、本件訴えは不適法である、と主張する。

3よつて考えるに、公選法二〇四条の定める選挙無効訴訟が公選法の規定に違反して行われた選挙の効力を失わせ、改めて同法に基く適法な再選挙を行わせること(同法一〇九条四号)を目的とし、したがつて同法の下における適法な選挙の再実施の可能性を予定していることは所論のとおりであるから、右訴訟は、同法を改正しなければ適法な選挙を再実施できない本件のような場合は、これを包含しないのではないかとの疑いがないわけではない。

しかし、右の訴訟は選挙人が選挙の効力を争いうる現行法上唯一の訴訟であつて、これ以外に他に訴訟上公選法の違憲を主張してその是正を求める機会はないのであるから、国民の基本的権利である選挙権の侵害を回復し権利の救済を求める機会を付与するものとして、公選法二〇四条一項の定める選挙の効力に関する異議の事由中には、議員定数配分の不均衡を原因とする選挙権の平等の侵害による選挙無効の主張をも包含すると解するのが相当であり、したがつて裁判所は、本件訴訟につき裁判所法三条一項に定める裁判権を有するとみるべきであるから、本件訴訟が不適法であるということはできない。

そうすると、被告の本案前の主張は、採用できない。

二本案について

1わが国の最高法規である日本国憲法の下において、国権の最高機関であるとともに国の唯一の立法機関である国会は、衆議院及び参議院の両議院で構成され、全国民を代表する選挙された議員で組織されるものである(同法四一条、四二条、四三条一項)。両議院の定数、議員及び選挙人の資格は、法律で定められるが、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない(同法四三条二項、四四条)のであり、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める(同法四七条)とされている。

そして、憲法一四条一項がすべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的、経済的又は社会的関係において差別されない旨定めている趣旨を参酌すると、両議院の議員を選挙する選挙人の選挙権は、内容において平等であるのみならず、投票価値においても平等であるべき国民固有の権利(同法一五条)であるといわねばならない。

前記のとおり、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する制度、方法の決定は、国会の裁量に委ねられているものではあるが、右裁量は、選挙人の自由に表明する意思によつて公明かつ適正に選挙が行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期することを目的として定められなければならない(公選法一条)ものである。

2ところで、憲法の前記各規定に基づいて制定された実定法規である公選法は、衆議院議員の総定数を五一一人と定め、同法別表第一で定めた全国一三〇の選挙区において、各選挙区につき割当てられた数の議員を選出すべきものとしており(同法四条一項、一三条一項、附則二項)、前記別表第一は、全国を郡、市、区の区域又は支庁の所管区域を単位とする行政区域に従い、地域的に分割して選挙区を編成し、これに議員定数を細分して一定の議員数を割当て、各選挙区において選挙することとしている(同法一二条一項)ものである。

このように、地域代表制により選出された議員は、国家機関である国会の構成員として全国民を代表する(憲法四三条一項)ものであつて、特定地域の代表者として行動するものではない。したがつて、地域代表制をとる選挙制度下においても、憲法一四条、一五条及び四四条の定めるところにより、選挙人の有する選挙権は、参議院議員の選挙を除き、投票は各選挙につき一人一票に限る(公選法三六条本文)として、財産、教育など特別の資格を有する選挙人に複数の投票を認める複数投票制度や、納税額によつて選挙人を等級別に区分し多額納税者により多数の議員の選出を認める等級別投票制度を排斥し、選挙権の形式的平等を実現するだけでなく、投票価値の実質的平等を、同一選挙区内のみならず異なつた選挙区相互間においても保障されなければならないものである。

もつとも、かかる実質的平等は、被告の主張するように、現行の衆議院議員の選挙区制である中選挙区制を排斥し、選挙制度として完全比例代表制をとらなければ実現できないというものではない。国会は、憲法が衆議院及び参議院の各議員の選挙制度の具体的構成をその裁量に委ねた趣旨に則り、右裁量権を適正に行使し、人口比例主義を基本として、これに選挙区としてのまとまり、区、市、町、村などの行政区画、面積の大小、人口密度、交通事情、その他の地理、地形的、非人口的要素等、諸般の要素を斟酌し、配分されるべき議員数との関連を斟案し、さらに複数微妙な政策的、技術的考慮要素を加えて具体的な選挙制度の構成を決定できるのであるから、現行の中選挙区制の制度下においても十分に前記実質的平等を実現することは可能であるというべきである。

3前記のように、衆議院議員の選挙制度は、選挙区の選挙人数(ないし人口)と配分された議員数との比率(人口比例主義)を唯一、絶対の基準とするものではないが、これを最も重要かつ基本的な基準とすることは、公選法制定当時の別表第一が、昭和二一年四月実施の臨時統計調査に基づく人口を議員定数四六六人で除して得られた約一五万人につき一人の議員を配分することとした上、その他に前記諸般の要素を考慮して各選挙区間における議員一人当たり人口較差を最大1対1.51までにおいて定められた経緯に徴しても明白なところである。

したがつて、公選法により具体的に定められた各選挙区と議員定数の配分に関し、人口の異動により選挙人の投票の価値に不平等が生じ、それが国会において通常考慮しうる前記諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達したときは、右のような不平等は、もはや国会の合理的裁量権の限界を超えるものとして、他にこれを正当化すべき特段の理由が示されない限り、憲法違反というべきである。

しかし、制定又は改正当時合憲であつた議員定数配分規定につき議員一人当たりの選挙人数(又は人口)の較差が、その後の人口の異動によつて拡大し、憲法の定める選挙権の実質的平等の要請に反する程度となつた場合でも、その一事により直ちに同配分規定の違憲をもたらすものではなく、国会の裁量権が右配分規定の改正に必要な合理的期間(公選法別表第一末文参照)を経過してもなお行使されないときに、初めて同規定の違憲を断ずべきものである。

4ところで、<証拠>によれば、公選法制定後の議員定数配分規定、議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差の各推移は、次のとおりである。

(一)  昭和二八年奄美諸島の復帰に伴ない奄美群島区が設けられ、また昭和四六年の沖繩復帰に伴ない沖繩県として一選挙区が設けられ、これらにより衆議院議員定数が増員となつたほか、昭和三九年には同年法律一三二号により、同五〇年には同年法律六三号により選挙区間における議員一人当たりの人口につき生じた較差の是正を目的として、一部選挙区につき議員数の増加及びこれに伴う選挙区の分割が行われた。

(二)  本件選挙当時施行されていた衆議院議員定数配分規定は、前記のとおり昭和五〇年法律六三号により改正されたものであるが、同改正は、昭和三九年の改正の基礎資料とされた同三五年の国勢調査時以降における人口の異動に伴う選挙区間の人口較差の不均衡を是正するために行われたものであつて、同改正の基礎資料として使用された昭和四五年国勢調査人口によると、同五〇年改正前における議員一人当たり人口の最大過密区と最大過疎区の較差は、4.83対1に及んでいた。同改正は、一一の選挙区に二〇人の増員が配分され、六人以上の選挙区となる六選挙区を分割した結果、衆議院議員の定数は、改正前の四九一人から五一一人へ、選挙区は、改正前の一二四区から一三〇区へ増加し、議員一人当たりの人口の最大過密区と最大過疎区との較差は、2.92対1に、全国平均議員一人当たり人口較差は、最大過密区で160.722パーセントとなつた。

(二)  しかしながら、右改正は、前記のとおり昭和四五年の国勢調査の結果に基づくものであつたから、右国勢調査の時点以降むしろ拡大進行していた都市部への人口集中現象は考慮されておらず、すでに右改正の直後において、実際は次のような状態であつた。

(1) まず、昭和五〇年の国勢調査は同年一〇月一日に行われ、その調査結果は翌五一年四月一五日に公表されたが、右調査結果によると、全国選挙区中最大過密区である千葉県第四区と最大過疎区である兵庫県第五区との間の議員一人当たり人口の較差は、3.72対1の割合であつた。

(2) 右改正法(昭和五〇年七月一五日公布)に基づき昭和五一年一二月五日行われた衆議院議員選挙において、最大過密区である千葉県第四区と最大過疎区である兵庫県第五区との間の議員一人当たり選挙人数の較差は、3.49対1の割合であつた。

(四)  昭和五五年六月二二日行われた衆議院議員選挙において、最大過密区である千葉県第四区と最大過疎区である兵庫県第五区との間の議員一人当たり選挙人数の較差は、3.94対1の割合であり、他方、同五五年一〇月一日施行の国勢調査によると、右選挙区間の議員一人当たりの人口較差は、4.54対1の割合であつた。

(五)  昭和五八年一二月一八日行われた本件選挙当時において、最大過密区である千葉県第四区と最大過疎区である兵庫県第五区との間の議員一人当たり選挙人数の較差は、4.41対1の割合であり、原告の選挙区である大阪府第四区と兵庫県第五区との間のそれは、3.03対1の割合であつた。

5そこで本件についてみるに、前認定のとおり昭和五八年一二月一八日の本件選挙当時における選挙人数の較差は最大4.41対1にも及び、選挙人の投票価値の不平等は極めて顕著であつて、その不平等は前記の非人口的要素や政策的配慮を考慮に入れてもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達していたものというべきであり、憲法の要請する投票価値の平等原則に反していることが明らかである。

しかも、さかのぼつて考えれば、前認定のとおり昭和五一年四月一五日の国勢調査の結果公表時において、議員一人当たりの人口較差は最大3.72対1に、同年一二月五日の衆議院議員選挙当時において、議員一人当たりの選挙人数の較差は最大3.49対1に達していたのであるから、昭和五〇年の公選法改正後間がない事情を考慮しても、右各時点ですでに憲法の要請に反するような投票価値の不平等状態にあつたというべきである。

したがつて、国会としては遅くとも右選挙後には現行の議員定数配分規定の改正を企図すべきであつたといわねばならない。そして、その後も前示のように投票価値の較差がますます拡大しつつあつたにもかかわらず、昭和五一年一二月の衆議院議員選挙から七年を経た本件選挙の時まで、何ら右規定の改正がなされなかつたのであるから、特段の事情がない限り、憲法上要求される合理的期間内にその是正がなされなかつたものといわざるをえない。そして、本件において、右期間内に是正が行われなかつたことを正当化する特段の事情を見出すことはできない。

そうすると、現行議員定数配分規定は本件選挙当時、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条但し書に違反し違憲であつたというべきである。

そして、議員定数配分規定が一定の議員総数を各選挙区へ配分し、相互に有機的関連があり、一部分の変動は他の部分に波及し、不可分一体の性質を有することを考えると、憲法に反する不平等状態にある選挙区の部分だけでなく、同規定が全体として違憲の瑕疵を帯びるものというべきである。

6ところで、本件選挙は憲法に違反する議員定数配分規定に基づいて行われたものであるが、これを理由として本件選挙を無効とする判決をしたからといつて直ちに違憲状態が解消するわけではない。また、本件選挙によつて同様選出されながら、たまたま訴訟を提起された選挙区の選出議員だけが選挙無効によつて議員の資格を失うことは、そうでない選挙区の選出議員と甚だ均衡を失するのみならず、無効とされた当該選挙区の選出議員の関与した法律の効力に疑いを生じることが考えられる。更に選挙無効判決の確定によつて選挙を再実施しようとしても、改正法が成立しなければ、実施することができず、その改正法の立法のための国会審議に、当該選挙区からは選出議員が関与しない状態で改正が行われざるを得ないことにもなる。以上のように国政の運営において各種の弊害、不都合が生じ、更に選挙無効の原因が公選法の規定そのものに基く点をも考慮すると、本件訴訟においては、議員定数配分規定が違憲であるとの理由によつて直ちに当該選挙区の無効を宣言すべきではなく、かつ本件訴訟の前示性格に照らし本件には公選法二一九条は適用がないと解されるから、行政事件訴訟法三一条一項前段の法の基本原則を適用して原告の請求を排斥するとともに、同項後段の法理に基づいて本件選挙の違法を宣言するにとどめるのが相当である。

三よつて、原告の請求を棄却し、本件選挙が違法であることを宣言することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九二条但し書を適用して、主文のとおり判決する。

(藤野岩雄 仲江利政 蒲原範明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例